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「それはあいつの目が悪いからだ。他人の記億が見えるんだ」 「何だと?」 私と中禅寺敦子は、ぽぽ同時に疑問の声をあげた。 「なあ、京極堂。頼むから僕らに解るようにいってくれないか。それは読心術とか、心霊術でいう透視とかいうもののことかね? 目が悪いのとどんな関係があるんだね?」 「読心術なんて阿呆なことをどうしていうんだい……君が心霊だの超能力だの、そういう考え方から脱却する気がないのなら話を聞いても無駄さ」 「とにかくその心霊術とか読心術という考え方だけは捨ててくれ」 「なぜ……眠るとき目を瞑るのか解るかい?」 「遮断しておかないと勝手に情報が入って来てしまう。これは困るんだ。だが裏を返せば、遮断しても機能しているから、」 「夢が見える訳か」 「そこで、夢を見ているとき、いきなり目を開けたらどうなると思う?」 「混乱するだろうね」 「まあそうなんだが、これはつまり、活動写真を見ている最中にいきなり劇場が消えてしまったらどうなるか、そういう問題だ」 「見えなくなってしまうに決まっているじゃない。明るいところで映画は見られないわ」 「そう、虚像より実像の方が強烈なんだ・・・だから・・・光量の少ない夜寝るようになったとも考えられる。目を開けていても見えないからね」 「だからお化けの多くは光の少ない夜に登場する訳だな」 「さて、この夢見る仕組みを、能く覚えていてくれなくちゃあ困る」 「それが何か意味を持つのか?」 「記億が脳という蔵に納まっているのではなく……僕らの記憶が……漏れているという想像もまた難くない」 「じゃあ僕の考えていることが君や、敦子ちゃんに漏れているというのか? 僕には、君等の考えなんてさっぱり解らないぞ!」 「解るものか」 「君のいってるのは、矛盾じゃないか。そもそも君は読心術など阿呆だといったじゃないか」 「阿呆だよ。我々が通常、心とか考えと呼んでいるのは意識のことだ。意識とは心と脳の接触によってのみ誕生する。僕が漏れるといっているのは記憶であって意識ではない。他人の脳と他人の心で構成された他人の意識が何で第三者に解るものか」 「読心術はあり得ないという訳か」 「記億が漏れたとして、それはどんな状況を引き起こすの?」 「我々の脳はその漏れた記億を受信するとやはり意識上に再構成してしまう訳だ。しかし先程の夢つまり活動写真と同じ理屈で」 「あ、そう。見えないんだ」 「さあそこで、ここに目という器官からの情報の入力が極端に少ない人がいるとしよう。周りが暗ければ、銀幕には何が映るか」 「じゃあ榎木津は」 「そうだ。人の記億を再構成して見てしまう、やっかいな男なのだよ」 「信じられないわ。榎木津さんには他人の記億が解るんじゃなくて、見える訳ね」 「そう、何度もいうように、記憶には意識に登場して来ないものも沢山ある。ほら関口君、君などは能くど忘れというのをするじゃないか。脳がいくら記億を再構成してやっても、何らかの食い違いで、どうしても意識の舞台に上って来ない訳だ。失せ物なんてのはたいがい本人が無くしてしまう訳だから、脳は知っていることになる」 「だから榎木津には無くしたものの行方がぴたりと当てられた訳か・・・」 「でも兄さん、その、解らないこともないけど、私にはどうにも実感が湧かないわ」 私も同様だった。 「角膜に損傷を負った人が罹るシャルル・ボネ症候群という病気がある。真っ昼間ありもしないもの、例えば小鬼だとか、何だとかが見える病気だ。夢と違って、本人には覚醒しているという意識がちゃんとある・・・現実にはいないものだ、ということも解っている。これなどはとても近い感覚だろう」 「そのシャンソンみたいな病気の人はなぜ他人の記億が見えないんだ?」 「たぶん損傷する部位や…−それに右目か左目かという微妙な差があるのだろう」 「まあ、この手の話がほとんどすっきりと説明できる、という点で、僕は今のところこの仮説が気に入っているのだ」 「君は……その奇抜な着想をいったい何から得たのだ?」 「奇抜?そうかなあ」 「霊能者と呼ばれる人達の中には、視力に障害を持った人が実に多いことに気がつく。一柳田翁の論文に一つ目小僧はその昔の神職者の零落したイメエジではないかというのがある。彼は神職者の片目を潰すという民族儀礼の存在の可能性を示唆しているのだが、僕はその辺もこれに由来しているのではないかとも思っている」 「彼は子供の頃から視力が弱く、稀にそれが見えたらしい……その後、戦争中に照明弾をまともに食らって、彼は致命的に視力を失ってしまった。普通に暮らしてるが、榎木津の主目は今ほとんど見えないはずだ。皮肉なことに視力と引き替えにそれはますます能く見えるようになってしまった訳だが」 |
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