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天国とサイコロとPara-dice

随分と歴史のことに首を突っ込んできてしまいましたが、歴史を英語で「History」と申しますが、ずばり「日story=日の物語」ではないかと真剣に考えてます。「s-tory」は「“す”十理」、「“す”鳥」ですね。この「鳥」についても面白い話がありますので「アマテラスは何者?」編で述べたいと思います。とりあえず「日{Hi}」に関する単語を調べてみました。

「Hi」には「Hide{ハイド}」で「隠す」と言うのもあります。「かくれんぼ」と言う遊びがありますが、英語で言うと「hide and go seek」であり、日本語の「もういいよ」が「Hy spy!で鬼 (it) は “Ready or not、here I come." と言って探し、見つけると “I spy…!" と言います。ここで言う「spy」は「見つけだす」です。僕のやっていることは「I try to spy the God」であります。後ほど出てきますがこの「スパイ{spy}」と言う単語は「Ψ=プサイ{psi}」によく似てると思いませんか? また、「蜘蛛」は「スパイダー{spider}」。蜘蛛の巣は「spider web; a cobweb」で、「web」と言えば「ネットワーク=情報網」のことです。ならば大和の葛城山にいた「土蜘蛛」なる一族は・・・

hideous」とは「ひどく醜い; 見るも恐ろしい、ぞっとする、 いまわしい、憎むべき」という意味で、隠されたモノ、排除したモノが「醜{ぶ}=酉{とり}鬼{おに}」に重なって来ますね。元もとの神が鬼とされたのではないかという僕の考察とも一致します。「鬼」は元は「日」であった

逆にhierarch{ハイラーク}」だと「教主」「高僧」であり、「hi」は聖なるモノと邪なるモノと二面性を持っている様です。これはもっとも高い位(九段階の九の位)に居ながら神に背いて堕落した「サタン」「デーモン」などが、「hi{ヒ}」に込められているからではないでしょうか。「サタン」は「佐丹」で「丹を助けるモノ」になり、「丹」は「誕生」や「丸{薬の丸薬}」に通じ、その象形は水平線から太陽が頭を出したところですから「日の出を助ける」モノとは「サタン」なのかも知れませんね。(天照大神がまだ隠れているのなら・・・そして鬼と呼ばれ・・・悪魔=サタン=鬼によってspy{見つけ}出されるのならば・・・江戸時代にはお伊勢参りが大流行し、「お陰参り」と呼ばれたのです。「お陰様」の正体こそ・・・?!)

ゲームを続けましょう。

「ヒント{hint}」これは説明はいらないかな? いつの日か「日」が蘇れるように散りばめられた暗示のことですな。

「ヒット{hit}」=「〈答えなどを〉うまく言い当てる!」

「ヒットラー{Hitler}」は「ラー=太陽神」を言い当てる! になってしまいますが、「ヒットマン{hitman}」で「殺し屋」です。彼は確か子どもの頃に改姓したようですが・・・

「ヒップ{hip}」は「お尻」もそうだけど「最新情報に通じている、もの知りの; ナウい.」と辞書にある。

「ハイラーキ{hierarchy}」はピラミッド形の階級組織とか、聖職政治を意味します。

「ヒエログラフ{hieroglyph}」とは (古代エジプトなどの)象形文字、絵文字でギリシャ語の「 hier\s 「神聖な」+GLYPH」です。・・・「エル」とは「神を讃エル」意味がありhier」が「日の神を讃える」になります。「エロ」は「“す”を讃える」ことでしょうか? 「す」が生命であれば生殖行為はまさしく「す」を生み出す共同作業です。これも後ほど出てきますが、道祖神や性器崇拝に繋がります。

英語には「ハイ{high}=高い」が頭に付く熟語が沢山ありますが、それらを「日{ヒ}」に置き換えても大変面白いのでお試しあれ。隠され{hide}た、太陽{high}信仰がどのようなモノかがおわかりいただけると思います。

「ヒッチハイク」とは「ヒッチ{hitch}」は「ひっかける」。「ハイク{hike}」はハイキング=徒歩旅行ですが、「日、行く」と考えましょう。それゆえに「旅{たび}」は・・・「タブー{taboo}」で「trouble」とされ「travel」になったのです。・・・(^^)・・・それはバベルの塔の秘密を人間が解いてしまうからです。世界中に散らされた人々に出会うことによって、知恵ある者は「角と蛇と鳥と猿と亀に姿を変えた太陽神」に出会ってしまうのです。古代の神は巧妙に岩戸へ隠れたか、封印されたかしたのです。その理由が、おぞましきその姿や行為にあるのか、人類への試練なのかはまだ解りませんが、現代はまさしく神の見えない時代と言ってよろしいかと思います。旅人は神を見つけだすスパイ{spy=見つけだす}だったが故に尊崇されたのかも知れません。

hissing sound」=「【音声】 すー音 《歯擦音のうち /s、z/ のことを“ヒッシングサウンド”と言います。sもzも蛇を表しているのでしょうが、「日“す”ing」とはぴったりですね。

「イスパーニャ{Hispania}」とか「インド{Hindu}」は「H」が発音されません。不思議ですな。「日」を隠してるようですね。「spania」が「spy」の延長で有れば「スペイン」は「日を見つけだす」に成るし、「du」はシュメール語で「行く」という意味ですから「インド」は「日、行く」と成ります。

「イスラ」は「伊“す”ラー」で「“す”を助ける太陽神」です。「イスラエル」はもう解りますよね、けっして「神を角力{すもう}で負かした」なんて意味じゃないでしょう。そんなことを記録に残した民族は疑って懸かった方がよろしいかも知れません。ですからイスラム教はイスラの教えです。

 

 

さて、もっと面白いのが「Paradice」なんです。

ここからが本題です!

「天国」の他には「楽園」なんて使われ方もしていますが・・・

 

「Para」は英語で「パラシュート」とか「パラボラアンテナ」の「パラ」や、「保護」「防護」と言う意味がありますから、半球状のドームを思い浮かべてしまいます。「Kingdom of heaven」と同じですね。しかし、ギリシア語では「反」とか「超」といった意味があるんです。「はん」と「ちょう」ですよ! そして「dice」と言えば「サイコロ」のことなんですね!

「サイコロ」は「賽子」とか「采{十の人のツノ}」、「骰子」とも書き、立方体に1〜6の目を刻み、すごろく、賭博等に用いる遊具です。1が天、6が地、5が東、2が西、4が南、3が北を表し、対応する両面の数の和が7に成ります。西洋ではギリシア神話にパラメデスが「賽」を発明したとあり、インド、中国にも古くから存在したが、同一起源のものかどうかは不明なんです。日本には奈良時代に中国から吉備真備が持ち込んだという説がありますが、吉備と言えば「桃太郎」・・・備前、備後、美作の国が一つだった頃の呼び名です。またまた備前がらみのようです。

この「サイコロ」というのは立方体ですから、とある一面から眺めると当然になって見えない部分が生じます。ですから図面上ですべてを表すには二つの図形になるわけです。この時デタラメに眺めるのではなく、何かしら規則性を持たせて眺めると下図のようになるかと思います。

まず、奇数ばかりが見えるように・・・そして偶数・・・すると、菱形が三つですから三菱ですね。高知県は土佐藩の紋が三葉柏で、それを引き継いだ岩崎家が図案を簡略化して三菱にしたのは有名な話です。土佐も「十を助ける」という意味になります。もともとは豪族の長宗我部氏が藤原系の一条氏を圧倒して治めていたところへ秀吉からその地を賜った山内家が入ってきたという複雑な歴史があります。

さて、奇数面と偶数面が互いに三面を互い違いに表しているわけですから、二つを重ねて簡略化すると、あらまあ不思議、六芒星のできあがり! (^^)そして丁と半、先程の超と反を割り振るとこのようになります。

六芒星とは「ダイス」を図案化したものかも知れませんね。それを「超」えるか、「反」するモノが「パラダイス」・・・天国・・・我々の次元では理解出来る世界では無いかもしれません。

そこで注目したいのは「幸」という字です。上を向いてる「土」と下を向いてる「土」が、分かれた「土=十の民」を表していて、それが結ばれている部分は八が逆さになって「分ける」の逆を、つまり「結ぶ」を表していて「六芒星」を暗示しています。何か深い意味がありそうです。「パラダイス」は幸せなモノのようです。

「ダイス」が「サイコロ」とくればぱっと思い浮かぶのは博打です。賽博打は賽1個のちょぼ一から5個の天賽まで十数種の遊び方がありますが、江戸時代に流行し、博徒まで生まれた丁半賭博なら皆さん御存じでしょう。

(底の深い目かごに紙を張り柿渋をひいたもの)に入れた2個の賽ござの上に振り、出た目の合計(偶数が丁、奇数が半)で勝負を争い、勝った者は寺銭を除いた賭金を分配するゲームです。人数は何人でもよいのですが、丁座と半座に分かれた両方の賭金が同額でなければなりません。この額を合わせるのは、中央に座を占める中盆(なかぼん)の役で、腕のわるい中盆を〈盆の上が暗い〉、略して〈ぼんくら〉といったそうです。2個の賽丁座と半座中央に座を占める中盆・・・どうやらこれが人類のゲームのやり方のようです・・・

賽博打は理屈抜き、「感」が勝負の世界です。いかさま抜きで必勝法を編み出したという話は聞いたことがありません。人智の及ばぬ賽の目はアインシュタイン博士において、量子力学の論争に破れたときに「それでも神はサイコロを振らない!」と言わせしめたほど奥の深いものです。(ドコガフカイノカ?)

「サイコ」と言えばヒッチコック(ひっかける鶏の意味になる・・・)の映画で有名ですが「サイコ{psych}」には「霊魂」、「精神」の意が有るようです。

特に「サイコロジー{psy・chol・o・gy}」とくればもろに「サイコロ」が入ってますが「心理学」とか「洞察力」といった意味になります。まさしく「賽」と同じ意味ではないでしょうか。「サイコキネシス{psichokinesis}=念力」なんてのはこの「サイコ」ですね。頭に「p」が入ってます。そこでギリシャ語の「Ψ{psi,プサイ}」が思い浮かびます。この字の形も「十」の変形と言えばそう見えるし、ツノの象形のようにも見えますので調べてみました。まあ偶然でしょうが・・・

米国の物理学者でブルックヘブン研究所のティンらは1974年に、加速器による実験で、チャームクォーク(クォーク)とその粒子からなる新粒子を発見し、J(ジェー)粒子と名づける。同じ頃スタンフォード線形加速研究所のリヒターらも同じ粒子を発見しておりΨ(プサイ)粒子と名づけた。このため、この粒子は「J/Ψ(ジェー・プサイ)」粒子と呼ばれる。1976年リヒターとともにノーベル物理学賞を受賞した。

「J/Ψ」ですからこれが「分かれた十{じゅう=J}と十=Ψ」か? と思ったんですが関係ないかな・・・

ちなみに「Ψ」はギリシャ神話の海神 Poseidon,Neptune の標章であるtrident=三つ叉のほこ」と呼ばれます。 この神は日本のスサノオとよく比較されますね。

あとは、「賽{サイ、psi}」がらみと思われるモノで・・・「テレパシー{telepathy}」とか「シンパシー{sympathy}」「プロフェシー{prophesy}=予言」なんてのが怪しいんで、思わず「これが角の力か!」などと拳を握ってしまうのですが皆さんはどう思われるでしょうか?

そう言えば動物の「犀{サイ}」には角が有りますが、誰が「サイ」と名付けたんでしょうか? 英語で犀は「ライノ{rhino}」。「rhine」は「ライン川」。もしかしてこれが光と角を表すという単語でしょうか? ・・・犀の角は表皮が角質化したもので、頭部の中心に一本ないし二本生えています。この生え方をするのは犀の仲間だけなんですね。他の角のある動物は左右1対で骨質(牛・羊・鹿など)らしいのです。ちなみにアンテナの語源は「鹿の角=antler」のようです。(ウシ・シカ・ヤギなどの)角は「ホーン{horn}」です。どうも「犀」は「賽」と掛けてるような気がしてきます。

これも「サイ」です。「a sign」で「気配」という意味がありました。 それと・・・「〜sy」で検索してたらこんなのもありました。

「leprosy らい(癩)[ハンセン]病、 (道徳的)腐敗・・・

「ジプシー{Gypsy}」は、もとインドから出た放浪民族の人でヨーロッパを中心に世界中に散らばったとあり、「Rom」 と自称するそうです。

彼らはタロット占いやフラメンコが有名ですが、見た目は彫りの深い日本人みたいに見えます。実際の所、彼らの歴史は謎に包まれているのですが、「ZiΨ{ズィプサイ}」が「Gypsy」になった様な気がいたします。(^^)蛇の角力ですな。はっはっは・・・「rom」と自称するのも「ろん{龍}」の末裔のように思えます。ならばフラメンコは巫女さまの踊りかも知れない。足を踏み鳴らして踊るのは邪神を踏みつけているのかも知れない・・・そのリズムや節回しなどは東方音楽の要素が大きいそうです。

賽(さい)を用いる遊びでは「双六」がありますね。「双六」という字がまた「三角が二つで六角形」ならばこれも六芒星=パラダイスを暗示しているのでしょう。

「双六」とは、賽(さい)を用いる室内遊戯の一種で双六と記され、以下の2種に大別されます。

(1)盤すごろく

前3世紀のエジプトに起こり、西はヨーロッパに伝わってバックギャモンに、東は中国に伝わってすごろくとなる。日本には7世紀末ごろ中国から伝来し、江戸時代まで行われた。2人で遊ぶもので、黒白15の石を12区画された盤上の自陣に並べ、2個の賽を筒から振り出す。賽の目数で石を進め、15の石を早く敵陣地内に進めた者が勝ちとなる。

(2)絵すごろく 

江戸時代以前に始まったと推定される。起源は未学の僧に天台の名目を教える絵(名目すごろく、仏法すごろく)で、転じて浄土すごろくとなった。賽の目数で、紙盤の振出しから駒を進め、上がりを競う。江戸時代には道中すごろくが流行したほか、福神すごろく、野良(やろう)すごろく等多様な型が考案された。明治以降、正月の子どもの遊びとして行われているものはこの系統に属する。

「未学の僧に天台の名目を教える」とくれば「“す”語録」でしょうか。まさしく「天」へと至る「生命の樹」のごとくですな。だいぶ先の話になると思いますが、天台宗についても書きたいことが沢山あります。

さて、サイコロの賽はこんな所でしょうか・・・何となくですが賽に込められた超能力めいた世界が感じられたでしょうか? この辺については引き続き「皇帝の条件」と題して資料を集めています。お楽しみに・・・

 

では、それ以外の「賽」について書いてみましょう。

神社に行かれると皆さんはたいていお賽銭を上げると思うのですが、この賽銭とは戦国時代、16世紀半ばごろからのものと考えられていて、鶴岡八幡宮に賽銭箱が置かれたのが天文年間(1532年―1555年)と言われています。戦国武将が守護神の加護を求める話は歴史小説によく登場しますが、神様のご機嫌取りのための金品の奉納が始まりなのでしょうか? それにしても何故「銭」の上に「賽」をつけるのでしょう? 確かに辞書には

1-サイス{動}むくいる(ムクユ)。神から福を授けられた、そのお礼としてまつりをする。お礼参りをする。
2-{動}〔俗〕優劣をあらそう。また、勝負をあらそう

とありますから戦勝祈願であることは間違いなさそうですね。ならば、戦で死んでしまったらどうなったのでしょう?

(「賽」の字の謎は日本の民間伝承の中に鍵がありそうです。)

 

そうです!「賽の河原」へご到着!で〜す。

賽の河原

子どもが死後行き、苦を受けると信じられた、冥土の三途(さんず)の川のほとりの河原。子どもは石を積み塔を作ろうとするが、大鬼がきてこれをこわし、地蔵菩薩が子どもを救う塞の神(道祖神)信仰と地蔵信仰の中世以来の習合とみられ、仏典には典拠がない。

まだまだ続きます!

もう少しおつきあい下さい Violet monkey

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