桃樓じいさんの大ボラ その7
「そうすると、大秦という名の本当の由来はどうなるんだ?」
「そこでいよいよ東洋のロゼッタ石・・・「大秦景教流行中国碑」の出番だ。」
今回は丸写しです(いいのかなあ?)。結論は追って皆さん自身で出してみて下さい・・・もっとも他のページも丸写しみたいなもんですが(笑)Violet monkey
「この碑文の中の人名や漢字には、シリア語の呼び方がいちいち添えてある。・・・つまり、振り仮名というわけだね。たとえば、この「僧遙越」は、louel Kasisa (ヨエル聖職者)という具合に。だが、ここで問題となるのは、この碑文の第一行目に書いてある言葉なんだ。」(碑文の第一行目とは『大秦寺僧景浄述』という文字である。これに添えてあるシリア文字の発音を、ローマ字式の綴りに直すと、Adam Kasisa W'korepiskopa W'paps d chinestan となり、さらに、これを英字に直すと、Adam priest and chorepiscopous and papas of china となる・・・と、「景教の研究」五九五頁に説明されている。)
「この書き添えによって、この碑文を書いた景浄という人物の洗礼名が「アダム」だということ、そして彼は平信者ではなく聖職者(Kasisa)であること、それから korepiskopa という文字から、彼の階級が副司教であることもわかった。しかし、最後の paps d chinestan とは何のことだろうか?・・・この paps については、これまで学者の間でいろいろ論議されているのだが、この「景教の研究」を書いた佐伯好朗氏は『まちがいなく、キリスト教の聖職者一般に対する「神父」の意味だ』と、主張している。しかし、ヨーロッパの研究家の中には、『中国の「法師」という文字の発音を、シリア式に表記したのではないか?』と、言ってる人もある。・・・この二つの説は真っ向から対立しているようではあっても、じつは paps' をシリア語と見なすか、あるいは中国語と見なすか、の違いであって、どちらにしてもただ単に「聖職者」を意味することにしかならない。しかし、それなら最初の Kasisa=聖職者と、どう違うのだろう。もし、Kasisa と、paps'が大差ないのならどうしてこの肩書きを、二種類に分ける必要があったのか? 冒頭に『彼アダム(景浄)は聖職者である』と打ち出して置いて、その階級が副司教であることを明らかにした以上、第三番目には、当然彼の職分が何であるかを述べるはずだ・・・と考えるべきではないだろうか? 結論を言うとこれは「中国管区の管区長」ということになる。ではこの桃樓じいさんの独断の根拠は何処にあるのか、というと、この本の中で著者の佐伯氏は、『Paps'd はシリア語としては Papa とも書き、またPpa またはPapas とも書くのであって、末尾のsは、実際においては重要性はない』と言っている。(景教の研究五九〇頁)ところが、このギリシャ語の変わったPapas には、「神父」の他に、「ローマ法王」とか「総大司教」と言うような意味があるばかりでなく、「管区の管区長」として使われる場合もあるのだ。・・・一方、『Paps'は中国語の法師だ』とする説を、もうすこしひろげて解釈するならば、『Paps' は中国の法王である』と推測できないこともない・・・何故かというと、この碑文の真ん中あたりに貞観9年に長安にやってきた阿羅本が、その後「鎮国大法王」となった、と彫ってある。これは、「中国管区を統一する大管区長」と同義語ではないだろうか。・・・と言うわけで、どちらの説から押していっても、'paps d chinestanは「中国管区の管区長」としか、考えられない。・・・そこで、あらためて、このシリア文字の書き添えと、漢字の『大秦寺僧景浄述』とを比較検討すると・・・」
『 大秦寺 僧景浄 述 』
Adam Kasisa W' korepiskopa W' paps d chinestan
アダム 聖職者 副司教 中国管区の管区長
聖職 階級 職分
五十六 士官 大佐 太平洋艦隊総司令官
こんな感じでしょうか?Violet monkey
「最後の述という字が、ここではまったく訳されていないが、この碑文を誰がいつ彫ったかは終わりのところに、シリア語で記述してあるのだから、特にこの場所に訳語が出てこなくても不思議ではない。しかし、ここで一番要の「大秦寺」という、固有名詞のシリア語訳はどうなっているか?・・・これが、なんと、一言半句も触れていないんだよ!」「あの、・・・「僧景浄」が、中国管区の管区長なら、大秦寺は『景教の中国管区のカテドラル(中央大聖堂)』と言うことになりませんか?」
「それなんだ。景教が中国管区の管区長なら、その景浄が大秦寺僧の代表者である以上、大秦寺は中国管区の司教座があるカテドラル(中央大聖堂)でなければならないはずだ。・・・しかも、このシリア語の chinestan の語尾のスタンは、アフガニスタンやパキスタンの場合と同じように国という意なのだから、『Chin という国』、つまり、明らかに中国の国名を「秦(Chin)」と呼んでいるんだ。・・・そればかりじゃない。この碑の終わりの方では中国の皇帝のことを Malke d China(中国の王達)と書いている。このばあいの China の a は英語の the に当たる接尾語だから chinestan にせよ China にせよ、その語幹が「Chin(秦)」であることは、絶対に、はずれてない。」
「なるほど、それは君の言うとおりだと思うね。彼らが「秦」を中国の別名と、十分承知していて、自分たちの教会を『大秦寺』と呼んでいるんだから、それが『景教の中国管区の中央大聖堂』を意味するというのは、妥当だと思うよ。」
「では、大秦寺の大は?」
「そりゃぁ中国に対しての敬称だったかも知れないし、あるいは『大司教座』の意味かも知れない。」
それにしても、「大秦景教流行中国碑」の大秦も、やっぱり中国だというのだろうか? わずか10字足らずの中で、中国が二度繰り返されるなどということに、どうして納得できるだろう・・・私が不満を隠さないでいると、
「というのは冗談、さっきも言った通り、これは桃樓じいさんの大法螺だ。ゆめゆめ信用すべからず、だ。」「いや、こいつはただの大法螺じゃないな、まさにコペルニクス的大転回だよ・・・だがね・・・もし、そうなるとだな、そもそもの問題だった日本の太秦寺との関係は、どうなるんだ? 大秦寺がシリア教会の中国寺院と言う意味なら、日本の太秦寺とは、むしろ無関係ということになるのか?」
「アッそうか、太秦寺がキリスト教と関係あるかないかの問題だった・・・少し中国に深入りしすぎたかも知れない、じゃあ、今度は、日本の側からすこし考え直してみるか・・・」
つづく・・・
と行きたいところなのですが
私はこのくだりに非常に引っかかっています。
大の元字が秦であることは以前申しあげたと思う
ヤマト(大和)には大の字を充てている
そして、日本の本の字の元字が夲{トウ}であり、大を含むことも・・・
大が根源の民族を表すとしたら・・・
そこで突然、大秦、大神、大侵、大臣、大人、を考えてみると(shin、jinで変換される文字をつなげてみた)
根源民族の秦、根源民族の神、根源民族の侵略、根源民族の目付け(臣は目の変化した字)、根源民族の人(オトナと読みますね、何かに繋がらないだろうか?)
もちろん根源民族とは消えたイスラエル十部族と考えています。
なんの裏付けもないのだから・・・
それと、置き去りにされている、景教=ネストリウス派、の問題の件も、もうじき登場します。
その理由は解って頂けたと思う・・・Violet monkey
つづく・・・